Nov 01, 2010

IDカードの管理に便利だと思うのですが。

ついに私たちの会社のIDカードを利用して鍵を取り出す機械が導入されました。これを導入すれば、誰がいつどのようなキーを使用していることをアッラーはのものです。それは非常に便利だと思うのですが先日ちょっとしたハプニングが。一番最後に退社しようとするIDカードを通そしようとするとIDカードがない。のために戻ることができないとしている他の従業員をコールしています。これまでのIDカードと暗証番号で帰れのに。も、防犯面を考えると便利ですね。
以前にはクレジットカードを使用し、ましてや作るまで抵抗があったが、利点を知っているから活用するようにしている。同じ料金を払ってもクレジットカードならポイントが貯まる。貯めたポイントは商品券に交換可能か、だから非常に寄与している。ポイントもクレジットカードの種類に応じて、還元率が異なりますので、区切ることも重要である。
【変わりゆくブータン〜桃源郷の今】

 あえて近代化の波に乗り遅れ、江戸時代さながらの農村生活を残してきたヒマラヤ山脈南麓(なんろく)の小国、ブータンが激変している。

 人口約70万人のこの国の国王は、仏教文化の伝統的なライフスタイルが国民の幸せにつながるとして、1970年代に「GNP(国民総生産)よりもGNH(国民総幸福)」と国際社会に訴え始めた。経済成長一辺倒の世界の潮流に途上国が異を唱えたインパクトは小さくなく、日本でも鳩山政権がGNHの研究に乗り出したことでも知られる。

 私は学生時代、ブータンを訪れたことがあった。今回、約14年ぶりにブータンのパロ空港に降り立った。かつて、搭乗の際に預けた荷物は、ブータンに着くと飛行機からそのまま直下の原っぱにほうり出され、おのおのが勝手に持っていく仕組みだった。今や立派なターミナルビルが建っている。

 空港の外を歩くと、伝統建築を意識した5階建てのビルが並び、14年前の街をまったく思いだせない。ブータン人の知人が教えてくれた。「思いだせるわけがないよ。14年前はこの道そのものがなかったんだから」

 知人とともに、民家の応接に上がり込むようなつくりの食堂で昼食をとった。度肝を抜かれた。テレビが流れており、白人の若い男性を映し出している。その男性が小型三輪車にジェットをつけて猛スピードで滑走し、ジャンプ台を飛ぶスタントに挑む番組だった。

 東京で生活している私にとっても刺激的な内容だ。ところが、一緒にいた小学生の男の子も含め、みんな流しっぱなしの映像を特に気にする素振りもなく、黙々と食事をしている。ケーブルテレビで数十チャンネルを視聴している彼らにとって、もはやテレビは空気のような存在になっている。

 14年前はテレビ自体が珍しかった。私が泊めてもらった家の主は、隣の家から漏れるテレビの大音量や、映像を見ようと詰めかけた近隣の人々の歓声を聞くたびに、しかめ面をしていたものだった。

 ■携帯電話、DVDも普及

 首都・ティンプーで夜の路地を歩いていると、板をはり合わせたような家屋の扉から、小学校高学年ぐらいの女の子2人が飛び出してきた。1人がプラスチック製の箱を持っていると思ったら、ノートパソコンだった。2人は仏塔近くの広場でパソコンを開き、ディスコのダンス映像をまねて踊りの練習を始めた。

 今やティンプーには、ボウリング場やハンバーガー・ショップができはじめ、夜になればカラオケ・バーやナイト・クラブに若者が集う。携帯電話は当たり前。少年僧も電話しながら闊歩(かっぽ)する。B−モバイルという携帯電話会社の契約件数は2008年までの2年間で倍増し、今や国民の3人に1人が携帯電話を持っている計算になるという。DVDや薄型テレビも急速に普及し始めた。

 民族衣装を着ている男性は圧倒的に減り、若者は横だけやや短く切ったソフト・モヒカンの髪形に、黒いジャンパー姿が定番だ。別の街では、3センチ角ぐらいの金髪女性のヌード写真が道に落ちていた。

 どれも14年前には見なかった風景だ。そのころのティンプーでは、雑貨店やバーは数え切れるほどあるだけだった。バーと言っても、日本の田舎で近場の飲んべえが集まる民家兼飲み屋の設備をもっと悪くしたイメージだ。

 今回の旅の準備中、ブータンの友人に「ハリウッド映画は好きですか? ビデオテープを贈り物として持っていきましょうか」と電子メールを送ったことを思い返し、恥ずかしくなった。友人からは「何もいりません。体だけ来てください」との返事だった。

 ■将来を憂う声も

 ティンプーで若い世代から順に話を聞いてみた。

 「昔よりも今のブータンが良いに決まっているじゃないの! テレビも好きだけれど、インターネットはもっと好き」(15歳の女子学生)

 「いろいろと便利なモノがあるから、今の生活が好き」(就職活動中の23歳の男性)

 「今は携帯電話もインターネットもあるけれど、年長者を敬い、年少者を世話するブータン人の昔からの気質が変わってきた気がする」(旅行会社勤務の27歳の男性)

 「昔のブータンが、どんどん離れていっちゃう。携帯電話とテレビが入り、この5、6年は変わるペースが本当に速くなった。昔の日本の姿を見たいと思ってブータンに来ても、もう見られなくなるかもしれないよ」(政府関係機関に勤務する49歳の男性)

 ティンプーから離れた村の60代の農夫からは、一方的に逆取材された。

 「ブータンは地図でみると、点のような小国だ。この国の文化はこれからどうなると思う? 王様はいつまで続くと思う?」。近代化に飲み込まれるこの国の行く末に、切実な危機感を抱いていた。

 ■「理想の国家」の現実は

 ブータンはヒマラヤ山脈東側の標高7000〜200メートル程度の南斜面に、中国とインドに挟まれて位置する。富士山よりも高い標高3800メートルに車道が走る。面積は九州よりやや小さい3万8000平方キロだが、人口は九州全域の5%に当たる約70万人。労働者の約7割が農業を営み、1人当たりのGDPは15万円程度だが、2005年の国勢調査で97%が自分を幸せだと答えたとされる。

 私は平成9年2月にこの国を訪れた。昨年春、ブータンに詳しい日本の恩人からお便りをいただいた。ブータンを理想の国家モデルと位置づける日本の経済学者の論文が同封され、「検証することなく、極めて限定された自分の経験と視覚的な印象だけで現在のブータンを紹介していることは、かなりの危険性を感じざるを得ません。理想と現実の大きな乖離(かいり)が露呈したときには、ブータンがうそつき国家と呼ばれることから逃れられないでしょう。悩ましいことです」との危惧(きぐ)がつづられていた。

 私は新聞記者として忙しい生活を送ってきた。私の中のブータンは、14年前のまま時計が止まっている。今回、途上国を社費でリポートする弊社のありがたい制度で、再びブータンを訪れる機会を得た。何が変わっている最中なのか、私だから見えるものもないわけではなかろう。

 ブータンの友人が都会に住む私から注文をつけられるいわれはないし、恩人の手紙が指摘する「極めて限定された自分の経験と視覚的な印象」に陥る恐れもある。だが、ブータンが好きだからこそ、ブータンの今を率直に見つめたい。(斉藤太郎)

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