Jun 03, 2010

ドラゴンネストの勢いと人気

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 このようなアゲンスト(逆風)の時こそ、マネジメントのあり方を問い直す意味がある。フォロー(順風)の時は、何をやってもほぼうまく行くものだ。その典型が、日本の高度成長期である。トップや経営陣は、元気さえ良ければその資質はあまり問われなかった。

 そこで、「マネジメントの発明者」とも呼ばれるピーター・F・ドラッカーの名著「マネジメント」(上田惇生訳 ダイヤモンド、 以下の引用部分は断りのない限り「マネジメント」から)に立ち帰り、現在の日本の経営・マネジメントの実態について分析を試みよう。

 経営実態を分析すればするほど反省するところが多く、経営のバイブルから得るところが大きいに違いない。しかし特に最近ドラッカーが世の人々の評判になっている割には、経営現場でドラッカーを実践できていない。なぜか。今後の記事連載の中で随時ドラッカーを取り上げながら、経営現場の実態の中からその原因を抉り出し、対策を探っていこう。

 ただし、最初に基本的なことで確認しておきたいことがある。ドラッカーは、単なる経営学者ではないということだ。社会科学者でもあり哲学者でもあり、はたまたその著述から文学者の趣さえうかがえる、極めて幅広くかつ奥の深い学者だ。重要で見逃してはならないことだが、ドラッカーがその書「マネジメント」の中で現代社会とマネジメントとの関係を語るくだりに、ドラッカーの特異な哲学、あるいは彼の思想の真髄を垣間見る思いがする。

 即ち、あらゆる先進社会が組織社会になったことにより、主要な社会的課題はすべて組織の手にゆだねられた。人の命とまではいかなくとも、現代社会の機能がその組織の仕事ぶりにかかっている。そしてその組織は、マネジメントによって運営される永続的存在である。

 組織が機能するには、マネジメントが成果を上げなければならない。従って、社会の願望・価値・存続そのものが、マネジメントの成果・能力・意思・価値観に依存する。ドラッカーは、「社会と経済の発展をもたらすものはマネジメントである」とまで言い切る。そして、マネジメントが所有権・階級・権力から独立した存在でなければならないとする。

 そもそもドラッカーは、自らを生物環境を研究する自然生態学者とは異なり、人間によって作られた人間環境に関心を持つ社会生態学者と規定している。彼の関心・興味は企業の世界にとどまらず、社会一般の動向にまで及び、人を幸福にすることにあった。そのためには個人としての人間よりも、社会(組織)の中の人間にアプローチする必要があるとした(このフレーズ部分は、Wikipediaより引用)。

 なぜ経営現場でドラッカーを実践できないかを論ずる時、以上のようなドラッカーの思想の深さを認識しておく必要があろう。

●マネジメントの役割

 さて今回は、著書「マネジメント」の中からドラッカーの哲学とも思われる箇所を抜き出して、その要点を解説しながら、マネジメントの現場の実態を概観してみよう。

 まず、マネジメントの役割としてドラッカーは3点を挙げる。1つは自らの組織に特有の目的とミッション・社会的機能を果たすこと、つまり経済的成果を上げること。2つに仕事を生産的にし、人に成果を上げさせること。3つに社会の問題解決に貢献すること。つまり社会的責任を全うすることである。その企業の目的を、顧客の創造だとする。

 第1の役割について、企業のマネジメントとはあくまでも経済的機関であって、あらゆる活動が経済的成果を中心とすべきだとしている。なぜなら、教育・医療・国防・知識の発達などあらゆる社会的成果が、経済的成果をもたらす経済的余裕に依存しているからだ。

 しかし実際の経営現場での誤解は大きく、企業の目的は利益とされ、利益至上主義で、経営陣は明けても暮れても利益を追求するのが実態だ。大企業A社の予算会議では、事業グループ単位に利益ランク付けが貼り出される。赤字の事業グループ長はもちろん、小規模黒字の事業グループ長も多くの場面で発言権を失い、常に身を縮めていなければならない。

 また、たとえ市場の重大事故でも、利益を圧迫するその対策費を抑えるために、経営陣が主導して事故を隠せるだけ隠そうとする例を、私たちは多く見てきた。

 ところで、その経営の現場で至上命題とされる利益についてドラッカーは次のように定義する。1つは企業の目的である顧客の創造という成果を判断する基準であること、2つは将来の不確定なリスクを回避ための保険であること、3つはより良い労働環境を作るための原資であること、そして4つめに社会資本を充実するためにあること、である。即ち、利益は将来へ向けてのコストであり、上例A社のように利益の最大化が企業の目的ではない。

 企業経営者の捉える利益や企業の目的が、いかに矮小(わいしょう)であるかが分かる。そこから脱却するには、利益至上主義を超越したドラッカーの考え方を見習い、そして時間の要素をマネジメントに取り入れなければならない。これについては後述する。

 第2の役割から、ドラッカーは人を非常に重要視していることが分かる。企業の「本当の資源は一つしかない。人である」と言いきる。「組織が成果をあげるのは、人を生産的たらしめることによってである。」「現代社会においては、組織こそ、一人ひとりの人間にとって、生計の資、社会的な地位、コミュニティとの絆を手にし、自己実現を図る手段である。当然、働く者が成果をあげられるようにすることが重要な意味をもつ。これを可能にするものはマネジメントしかない。」

 仕事を仕事の論理で編成することはさほど困難ではないが、仕事を人に合わせなければならず、そのことが困難で、しかし極めて重要だとするところが、ドラッカーのドラッカーらしい主張だ。人に成果を上げさせるには、人それぞれを生理的、心理的特質・能力・限界・独特の行動様式を持つ生きた存在として捉えなければならない。従って、それぞれが責任・動機付け・参画・満足・誘因・報酬・リーダーシップ・位置付け・役割を必要とする存在として理解すべきである。これらを実現できるのはマネジメントだけだとする。

 実際の経営現場では、確かに生産性向上や従業員の自己実現による充実感達成などの考慮や試みがなされているが、基本は人の視点ではなく、仕事の視点からアプローチされている。人が真の意味で唯一の資源であることを肝に銘じて、反省しなければならない。

 第3の役割として、企業は従業員や株主のために存在するのではなく、消費者に財やサービスを提供するために存在する。さらにその基本的課題に加えて、現代の人間とコミュニティの物理的・人間的・社会的な環境、即ち生活の質に関心を持たざるを得ない。つまり、外の世界に貢献するために存在するとする。現実にしばしば起こっている市場における製品やサービスの事故をできるだけ事を荒立てないように済まそうとする姿勢は、厳しく糾弾されてしかるべきだ。

 以上の3つの役割に加えて、「時間」と「管理」が第4、5の要素として考慮されるべきだとするところが思慮深い。マネジメントは、現在と未来を見なければならない。マネジメントにとって、未来は断絶している。しかし、未来は現在からしか到達できないので、未来への跳躍の土台は堅固にしなければならない。マネジメントは現在と未来をつなぐ。

 経営者に通常説かれる「先のことを考えろ」とか「将来を見据えろ」という皮相的なアドバイスに比べ、「マネジメントが行う意思決定には、常に時間の要素が伴う」というアドバイスは実に奥深い。しかし、現実の経営に目を転じると、「時間」の要素に意識が行かず、目の前の利益、在任期間の業績にのみ関心を持つ経営者、あるいは机上の将来プランにうつつを抜かす経営者がいかに多いことか。彼らは、直ちに考え方を改めなければならない。

 次に、「管理」の要素である。成果の小さな、縮小しつつある分野から、成果の大きな、拡大しつつある分野へ資源を向けるのだ。「意味あるものの80%から90%は、製品、注文、顧客、市場、人材のいずれについても、10%から15%のものからもたらされる。残りの85%から90%は、いかに効率をよくしようとも成果を生まない」。この考え方の根拠は「企業体とは、自然現象ではなく社会現象である。社会的環境においては、事象の分布は自然界の"正規分布"には従わない。つまり、釣り鐘型のガウス曲線に従った分布にはならない。」(「Diamond Harvard Business Review」2004.4.)にある。社会生態学者たるゆえんだ。

 しかし経営現場の現実は、難しい仕事に取り組んでいるという自尊心から、単に興味があるという関心から、あるいは「あと少しで成功する」とか「最後のチャンスを与えてくれ」などという言い訳から、成果を生まない85%から90%の資源を、成果を期待できない対象に投入し続けているのが実態だ。経営者は、人的資源の配分に「冷徹な意思決定」と「断固たる実行」が、常に求められていることを念頭におき、経営に当たらなければ決して生き残れない。

 このように名著「マネジメント」の前半の要所を概観しただけで、ドラッカーの哲学・思想の幅広さと奥の深さを感じる。1970年代初頭に書かれて今もなお通じる先見性に富んだ経営観を、経営者は学ばなければ、そして実践しなければならない。

 ドラッカーの特異な哲学は、著書の中半から後半へとまだ続く。それは次回へ譲る。【増岡直二郎】

(ITmedia エグゼクティブ)
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